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悩むのと考えるのは違う

休みがあると休んだ後の出勤って憂鬱だとよく思う。

今日は日曜日だから、今日の夜はどーせ憂鬱。

休まなくてはいけないルールによって、決められた休日は休まるときもあれば、休んだ心地がしないときもある。

そういう意味で、週7でこまめに休みたいときに休むことができたらいいのにとよく思う。

というのは、さておきただ文章を書き続ける。

会社内の人間関係が~とか、また上司に怒られるとか、やりたいことがみつからないとか、今の状況で果たしていいのかとか、不安を挙げるときりがないし、人によって悩みの種は変わってくる。

自分ってなんでこんな不幸なんだろうとか、自分だけこんなにひどい目に合うのはなんでだろうとか一度は思ったことがあるかもしれない。

自分もそうである。

でも、なんでそう思うのか考えたときに自分の状況以外明確に知らないから、自然とそう考えるのもわかるなって思う自分もいる。

でも、こうなると負のスパイラルだと思っていて、孤独を感じるし、誰も分かってくれないと思ったりもする。

でも意外と周りの親しい仲間と話したりすると、完璧にその人の状況を理解することは難しいかもしれないが、自分の悩みが些細であるように感じたりもする。

悩むのと考えるのは全く別物だとある友人は言っていたが、その通りだと思う。

悩んでも基本的に解決へと向かわない。

むしろ答えが出てるのに、やるやらないを迷ってることが多いように感じる。

今の時代失敗しても、極論死に直結しないし、会社でいうと上の人に怒られるくらいであると思う。

大抵のことはミスをしてもクビにはならない。(出世には関係あるかもしれないが)

ってなことを意味もなく考えていたのでしたとさ。

日記はこのへんで終了。